葡萄畑の傍に庵を結び、日々徒然なるまま
このブログのシステムもよく理解できぬまま、
勢いで始めてしまったブログ。
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0550時、河童橋を出発。
梓川沿いの道を上流へと向かいます。
深い谷間の上高地はまだ影の底に沈んでいますが、一足早く朝日を浴びて目覚めた明神岳が、待ちかねたようにさっと紅く色づいてゆきます。低血圧のワタクシにとってはうらやましい寝起きの良さです。
0625時、徳本峠への分岐に到着。
現在上高地へ行くには、梓川を忠実に上流へとたどるR158および県道上高地公園線が唯一のルートとなっています。ただこの「唯一」というのは、あくまで自動車を使った場合の話。
徒歩でなら、上高地を取り巻く山々にいくつものルートが開けています。
もっとも全て「登山道」レベルの道ではありますが。
その中で古来より上高地への往来に使われていたのが、今回辿る「徳本(とくごう)峠越え」。
江戸時代には、松本藩の手による伐採事業に携わる杣人(そまびと・・・きこりのこと)たちで賑わっていたと言われる上高地への重要なルートであり、又、いつの時代かは分かりませんが、上高地経由で飛騨に抜ける街道が存在した時期もあったと言われているだけに、きこりたちだけではなく商人たちも多く行き交ったに違いないこの峠道なのです。
そんな古道をたどるわけなのですから、行く手によく踏まれた快適な峠道を想像して、気分も浮かれてくるというもの。
とくにこんなよく整備された橋や、美しい森の景色を見るとなおさら。
事前に得ていた地図上からの情報・・・険しい峡谷の中腹を這うようにすすむかもしれないという心配も、はるかかなたに行ってしまいます。
また最近の豪雨で多少崩れている箇所がある、との情報にも「快適な散歩道だけじゃ退屈だから、むしろ大歓迎さ」
などと峠を前に大変な慢心ぶりを発揮している、ワタクシなのでありました。
道は徐々に狭くなり、傾斜も急になってきますが、そりゃあ峠道ですから当たり前な話。
それでも狭いなり、急坂なりに快適な道が続きます。
落ち葉の美しい坂道は、ワタクシにとってはまるで高速道路のよう。
傾斜が強まるにつれて、かえってペースが上がっているような錯覚すら覚えてくるほどです。
楓、朴の木、ナナカマド・・・。
それぞれの木の下にはそれぞれの落葉が道を彩り、視界のきかない樹林帯ながら、森は精一杯旅人をもてなしてくれます。
0755時。
徳本峠到着。
画像右手に写っている建物が徳本峠の小屋です。
旧きよき時代の山小屋の雰囲気を残す素敵な小屋、と愛でる人がいる一方、いまどきこんな小屋で料金とって営業するなんて気が知れない。防災上、衛生上、大丈夫なわけないだろう、などと憤慨する人もおり、賛否両論耳に入ってきます。
・・・え?ワタクシですか?
そうですね、酔っ払って、ここに寝ていて地震に遭って、梁に頭ぶつけてサヨウナラ、なんてのも、この世知辛い現代においては、なかなか呑気で好い死に方ではないかな、なんてだいぶ不謹慎な感想ですね。
願わくはタタミの上で秋死なん 山観る峠の掘っ立て小屋で
西行法師さま、パクってすいません。
あ、でも小屋の中はタタミじゃないかもな。ただの板敷きの可能性もある。
まあ別にどっちでも大差ないんですけど。
この日は朝早かったからまだ戸が閉まっていて、中が覗けなかったのですよ。
上高地を世に知らしめた英国人宣教師、ウェストンが感嘆したという景色を画像に収め、出発。
あとは下り調子。のぼりであれだけ快適だったのだから、下りなんて推して知るべし。
で、峠からの絶景画像なんですが、間違えて消去してしまいましたとさ。
ちゃんちゃん。
梓川沿いの道を上流へと向かいます。
深い谷間の上高地はまだ影の底に沈んでいますが、一足早く朝日を浴びて目覚めた明神岳が、待ちかねたようにさっと紅く色づいてゆきます。低血圧のワタクシにとってはうらやましい寝起きの良さです。
0625時、徳本峠への分岐に到着。
現在上高地へ行くには、梓川を忠実に上流へとたどるR158および県道上高地公園線が唯一のルートとなっています。ただこの「唯一」というのは、あくまで自動車を使った場合の話。
徒歩でなら、上高地を取り巻く山々にいくつものルートが開けています。
もっとも全て「登山道」レベルの道ではありますが。
その中で古来より上高地への往来に使われていたのが、今回辿る「徳本(とくごう)峠越え」。
江戸時代には、松本藩の手による伐採事業に携わる杣人(そまびと・・・きこりのこと)たちで賑わっていたと言われる上高地への重要なルートであり、又、いつの時代かは分かりませんが、上高地経由で飛騨に抜ける街道が存在した時期もあったと言われているだけに、きこりたちだけではなく商人たちも多く行き交ったに違いないこの峠道なのです。
そんな古道をたどるわけなのですから、行く手によく踏まれた快適な峠道を想像して、気分も浮かれてくるというもの。
とくにこんなよく整備された橋や、美しい森の景色を見るとなおさら。
事前に得ていた地図上からの情報・・・険しい峡谷の中腹を這うようにすすむかもしれないという心配も、はるかかなたに行ってしまいます。
また最近の豪雨で多少崩れている箇所がある、との情報にも「快適な散歩道だけじゃ退屈だから、むしろ大歓迎さ」
などと峠を前に大変な慢心ぶりを発揮している、ワタクシなのでありました。
道は徐々に狭くなり、傾斜も急になってきますが、そりゃあ峠道ですから当たり前な話。
それでも狭いなり、急坂なりに快適な道が続きます。
落ち葉の美しい坂道は、ワタクシにとってはまるで高速道路のよう。
傾斜が強まるにつれて、かえってペースが上がっているような錯覚すら覚えてくるほどです。
楓、朴の木、ナナカマド・・・。
それぞれの木の下にはそれぞれの落葉が道を彩り、視界のきかない樹林帯ながら、森は精一杯旅人をもてなしてくれます。
0755時。
徳本峠到着。
画像右手に写っている建物が徳本峠の小屋です。
旧きよき時代の山小屋の雰囲気を残す素敵な小屋、と愛でる人がいる一方、いまどきこんな小屋で料金とって営業するなんて気が知れない。防災上、衛生上、大丈夫なわけないだろう、などと憤慨する人もおり、賛否両論耳に入ってきます。
・・・え?ワタクシですか?
そうですね、酔っ払って、ここに寝ていて地震に遭って、梁に頭ぶつけてサヨウナラ、なんてのも、この世知辛い現代においては、なかなか呑気で好い死に方ではないかな、なんてだいぶ不謹慎な感想ですね。
願わくはタタミの上で秋死なん 山観る峠の掘っ立て小屋で
西行法師さま、パクってすいません。
あ、でも小屋の中はタタミじゃないかもな。ただの板敷きの可能性もある。
まあ別にどっちでも大差ないんですけど。
この日は朝早かったからまだ戸が閉まっていて、中が覗けなかったのですよ。
上高地を世に知らしめた英国人宣教師、ウェストンが感嘆したという景色を画像に収め、出発。
あとは下り調子。のぼりであれだけ快適だったのだから、下りなんて推して知るべし。
で、峠からの絶景画像なんですが、間違えて消去してしまいましたとさ。
ちゃんちゃん。
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